3才のハードボイルドな1日
昼下がりの診察室。看護師は何かに手を取られているようで、私は一人で次の患者のカルテに目を通していた。「1ヶ月前に受診。少し喘息ぎみか・・・。」ふと気が付くと、その男の患者さんが一人で診察室の入り口に立っている。カルテから目を上げてそちらを見ると、男もじろりとこちらを見ており、その右手には銃が握られている。「あ・・・」と思う間もなく、その銃口が私の眉間に向けられ、引き金が引かれた。
ハードボイルド小説なら話が終わってしまいそうな展開であるが、これはフィクションではない。私が開業して間もなくの頃の実話であり、続きがある。
この患者はN君、3才の男の子で、手に持っていたのはおもちゃのレーザー銃(?)であった。「キュルルルル」という音とともに赤い光が点滅しただけで、もちろん私は死なない。私は、遅れて入ってきてそのおもちゃを取り上げた母親に、にこやかに症状を聞きながら、「あのねえ、人に向かってピストルの引き金を引くということがどういうことか、分かってんの!?普通はそういうことはせんぞ!」と、心の中でつぶやいた。N君はウルトラマンの服を着ていた。すっぽりと頭巾までかぶって、上半身はウルトラマンになっている(つもりなのだろう)。最近時々見かける服なので、それは別に気にしていなかったのだが、診察のため看護師がその服をまくりあげようとした時、N君は激しく抵抗し、必死の形相で両手で服を下ろそうとする。そのため、看護師二人と母親の3人がかりで激しく暴れるN君を押さえ、服をなんとか少し上げて診察した。3才にもなれば、診察にも協力的なのが普通である。それに、N君のこの嫌がり方は尋常ではない。「これは何かがある。少し経過観察が必要かもしれない。」
しばらくして、その「何か」が判明した。自費カルテは別になっているので気が付かなかったのだが、N君はこの診察の数日前に当院で予防接種を受けていたのである。そのことが分かった時、私はN君の行動のすべてが理解できた。あの日、診察室に入ってきたN君にとっては、私は痛いことをする怪獣だったのだ。だから、ウルトラマンの服を着て「銃」を持ち、完全武装でやって来た。そして先制攻撃を加えた。しかし、この怪獣は死なない。それどころか、余裕の笑みを浮かべながらウルトラマンの服を脱がそうとする。ウルトラマンでなくなったら大変だ。小さいN君では怪獣に負けてしまう(痛いことをされちゃう)。「そんなの、絶対イヤッ!!」それで、服を脱がされることに必死に抵抗した。
以上のことは、N君に聞いて確認したわけではないが(3才のN君には確認のしようもなかったが)、まず間違いないと確信している。その後N君は、徐々に診察も普通にさせてくれるようになった。そして今、N君は少々わんぱくだが、元気に小学校に通っている。私はN君を診察するたびに、あの日のことを思い出して思わず微笑んでしまう。
今年も子供たちの素敵な笑顔にたくさん出会うことができるように、また、子供たちにとって幸せな社会になってくれるようにと願っている。
===================== このエッセイは松山市医師会報第242号(2005年1月)に掲載され、この年のレターオブザイヤー(最優秀賞)に選ばれました。「クスッと微笑んでしまうお話ですね。」(O先生談) また、日医ニュースNo.1077(2006.7.20)にも転載されました。 ===================== |